言葉って使ってナンボのもんだと思う。いかにN1(日本語能力試験1級)に受かろうが、実際にそれを活かす場や機会がなければ意味がない。
2年生の会話クラスで、文通交流と称して、大阪の高校生に手紙を書く取り組みをやった。不安と期待の入り混じった手紙が完成し記念撮影!多少間違ったところやおかしな表現があってもどうか大目に見て欲しい。彼や彼女たちはドキドキワクワクしながら返事を待っている。
言葉って使ってナンボのもんだと思う。いかにN1(日本語能力試験1級)に受かろうが、実際にそれを活かす場や機会がなければ意味がない。
2年生の会話クラスで、文通交流と称して、大阪の高校生に手紙を書く取り組みをやった。不安と期待の入り混じった手紙が完成し記念撮影!多少間違ったところやおかしな表現があってもどうか大目に見て欲しい。彼や彼女たちはドキドキワクワクしながら返事を待っている。
今日は授業はないが、添削や授業の準備でとても忙しい。午前中、思ったほど捗らず、この調子だ、午後と夜はかなりがんばらなければいけないなぁと思いつつ、とりあえずは昼食をと、いつものように隣の教工食堂すなわち教職員食堂へ。
昼食のことはいずれ写真入りで紹介するとして(まだ撮ったことがない。あまりにも「おのぼりさん」ならぬ「お渡さん」??外国人的でさすがの私も恥ずかしくて撮れないよ~!)満腹!
忙しい時ほど人は現実逃避の心理が働く!
外へ出ると、とてもいいお天気!少し食後の散歩をしようと坂道をくだって行く。もう初夏の雰囲気だ。散歩と言っても、正門までの往復の道わずか200メートルぐらいなのだが、ちょうど、お昼休みなので、いろ んな学生と出会う。
最初に出会ったのは、よく知っている3年生のIH。日傘をさして彼氏と一緒だ。「先生、外へ行きますか?」「いいえ、外へは行きません。少し散歩をしているだけです」と。彼女は私のことをいつも心配してくれる。この間、私の帽子について、「どこで買った?「いくらだった」と詰問された挙句、「先生、高いです。買い物のときは私に言ってください、と。彼女はきっと世話好きのいいおばさんになりそうだ。いつもありがとうね、IH!
さて、次に、向こうから嬉しそうに近づいてくる2年生のSK。彼は日本語が苦手。「先生、…」と言ったものの次の言葉が出てこない。もどかしそうにしているので、助け舟のつもりで「授業は 終わりましたか?」ときくと、聞き取りはできるのだが、これまた答えられず首を横に振り、苦しげ。ようやく出てきた言葉は「アフタヌーン」。つまり午前の授業は終わったが、午後はまだ授業はあるということらしい。「どこへ行きますか」と聞くと、これまた答えられず顔を歪めて苦しそうだ。「ごはんを食べに行きますか」「寮に帰りますか」と聞いても肯かない。としているうちに思いついたようだ。喜色満面で「散歩」と答える。「ああ、散歩ですか。では、またね」と言うと、解放されたことにほっと安心したのか、嬉しそうに「またね」と去っていく。
次もやはり2年生の女子3人。彼女たちもあまり得意ではないのだが、トンチンカンなところもありつつ何とか会話が成り立つ。
そして坂道を上りもうすぐ寮という ところで後ろから追って来たのは、同じ寮に住む韓国人4人組。さぁ、ここは中国語で私もがんばらなければと、好い天気ねと言うと、何とか通じたようだ。嬉しい。さっきのSK状態だ。次に、ご飯は食べたかと聞かれたので、食べたよ「チーハオラ」というところが、「ハオチーラ」になってしまった!!それでも通じるところが外国人同士の中国語会話。そうそう間違いながらも意思疎通が大事!基本です!次に「散歩?」と、中の男の子が聞いてきた。えっ、日本語じゃないか!「日本語?!」というと嬉しそうに、「○×※@:¥」と。わからん!!きっと、少し勉強したということだと思い、うなずく。いい子たちだ。
と10分あまりの散歩を終えて寮に帰って来て、またもや現実逃避!
いやいやこれぐらいにして、明日の準備にとりかかることにします!
私は、中国に来て中国の学生に日本語を教えることになった。
戦争中のことを考えれば抵抗がなかったわけではない。戦時、日本はアジアを侵略し、朝鮮、台湾、そして大陸でも、同化を迫った。何もアジア・太平洋戦争ばかりのことではない。アイヌ民族や沖縄琉球民族についても、和民族?大和民族?つまり本土の多数派民族は少数民族から言葉を奪った。
そのことを考えると、戦時ではないにせよ、日本人である私が中国人に日本語を教えることの意味を考えざるを得ない。
中国に来て、色々な話を聞いていると、確かに経済的優劣関係から日本語を中国人に「教える」傾向は極めて強い。「ビジネス日本語」という範疇があること自体、そのことを雄弁に物語っている。このことについては、いずれ腰を据えて考えてみようと思うが、やはり、今も、日本は徹底的な同化をビジネス社会においても求めるようである。
さて、前置きがすっかり長くなってしまったが、そういうわけで、一方的に日本語を教えることに抵抗のある私は、授業は日本語サロンの外に、「大連どこでも学校」という相互学習の場を設け、学生たちと学びを共有している。
今日は、久しぶりの「どこでも学校」開講日であった。昨年から年越しで取り組んでいる『西遊記』の日本語訳に16人の学生が取り組んだ。ここから見えてくるものは多い。
みんなとても真剣!
中国では、女性は、25歳までには結婚相手を見つけるのが「普通」のことであるらしい。
学生に聞くと、最近は28歳までぐらいならまだ大丈夫とのこと。30歳ともなると周りの目はとても
厳しいものとなるらしい。
そう言えば、以前、ある学生が、親は勉強しろ勉強しろと言いながら、大学を卒業すると
今度は早く結婚しろと言う。彼氏をつくる暇もないのに、そんなの無理だ、と言っていたが、
確かに…。
で、もうひとつ驚いたのが、学生たちの卒業写真の話。今日校門のところで、下記の写真を撮影していた。
4年生は、もうすぐ卒業である。西洋風(?)の黒いマント姿だ。それを見ていると学生が、卒業用の写真はもうひ とつあると言う。ウエディングドレスの写真を撮ると。ウエディングドレスってて?つまり見合い用というか、結婚に向けてのデモストレーション用の写真であるようだ。
へぇーと驚ばかりであったが、中国の女の子、そんな世間の目を気にせずに、自分が納得できる恋と人生を謳歌せよ、と応援したくなった。
今頃大阪では、中之島バラ園がきっと見事な花が競い合うように咲いているだろうが、どうしてどうして、規模こそかなわないが、私のいる宿舎の前庭も見事な薔薇が咲き始めた。
昨日と今日の暖かさで一気にほころび始めたようだ。
これからひと月あまり、色とりどりの薔薇が目を楽しませてくれそうだ。
今日、火曜日は、3つの授業と昼休みの日本語サロン、1週間の中で一番忙しい日だ。
その上、明日は6時50分のバスで1年生の学ぶ渤海校区まで行かなければならない。
夕食を早めに済ませ明日の準備に取り掛かろうとしたのだが、何でも留学経験のある学生たちの話があるとかで、中国語もわからないのに、ひょんなことから参加する羽目に。
行けば、4人の学生がそれぞれ体験を語っていた。日本語学科の学生が、少しでもと、通訳をしてくれる。
しかし、ちんぷんかんぷんである。
ただ、それを聞いている学生たちの目は輝いていた。
話が終わってから、日本に留学されていた方に挨拶をして、日本の感想を聞いてみると、素晴らしい国です、と。
そう言われると、やっぱり嬉しいものだ。
写真をたくさん撮ったので、今日も、星海公園から星海広場の写真を紹介します。
海に浮かぶバンジージャンプ台。一緒に行った学生で一番キャピキャピ系の女子は50メートルに挑戦したそうです。いくらした?と聞くと200元、日本円にすると4000円ぐらいでしょうか。他の学生は呆れ顔でした。彼女の話では、とても怖かったと。200メートルのもあるそうです。
また行きたい!だって大学から目と鼻の先にあるんですもの。
大学のすぐ前が星海公園、そしてそこをずっと行けば星海広場だ。近くにありながらなかなか星海広場まで行くことができなかった。何でもアジア一大きな広場だと言う。もっとも、ある学生は、そう言っているがどうだか?とシニカルな口調で疑問だと言った。私は、中国でも、日本でも、何でも1番が好きな人っているのよ、と応じた。
さて、昨日は、初めて星海公園から広場まで足を延ばすことができた。朝方、多くの熟年の方が太極拳にダンスに音楽に興じておられた。学生は、彼らは余裕がある、しかし私たち若者は余裕がないと。日本と同じである。若者にとっては生きにくい時代だ。
星海公園から星海広場へ