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建設新聞に掲載されました

2015年1月19日 建設新聞に学習者募集の広告が掲載されました。

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中国あちこち2 長春の東北淪陷史陳列館

丹東を訪問した後、長春へ行き、そこから写真を送ってくれました。私も必ず行かなければならない所です。彼ら中国の若者たちと歴史を語ることができるとは、私にとってこんな嬉しいことはありません。

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中国あちこち1 北京駅

冬休みに旅行したり帰省した学生たちから届いた写真をシリーズでお届けします。
北京に帰省した学生から届きました。

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黒龍江省ハルビン

大連から鉄道で北へ、4時間15分で黒龍江省ハルビンに着きます。
ハルビン冬の風物詩「氷雪祭り」を訪れた学生からの写真です。
かつて訪れた人の話では、とても綺麗!でも、とても寒いとのことでした。

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「先生,これはハルビンの冰雪大世界です」と、写真を送ってくれました。氷点下20度だそうです。

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朝鮮民主主義共和国との国境

20150114_1私は一足先に大連を後にしたが、大連海洋大学は、今日から冬休み!
学生たちは早速、それぞれ帰郷や旅行に出立したようだ。
大連からバスで4時間走れば、朝鮮民主主義共和国との国境に接した街、丹東に着く。写真はその丹東を訪れた学生が微信に投稿したもの。両岸の写真を見れば、経済格差は一目瞭然!朝鮮の人々の暮らしが気にかかる。

 
 
 

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年の始めに~中国で暮らして

8月27日、日本を出立し大連へ、4か月間をその地で過ごした。旅人の延長ながら、その地で生活者として過ごすなかでいろいろなことを考えさせられた。学生たちを通しては、日本と中国の違い以上に、同時代を生きる若者の共通点を見出すことが多かった。また、大連の街で出会った人たちは、私が日本でいつの間にか作り上げていた「中国人」とのイメージとおよそ異なっていた。私自身は日本の高度経済成長のもとに育ち、そしてその矛盾や問題点が明らかになる時代を経て来ただけに、経済成長とやらを手放しに賞賛する気にはなれないが、改めて経済の力なるものを感じたことは事実だ。その一方で、日本も中国もグローバリゼーション経済における格差が広がる現実をも垣間見た。

様々な問題点において日本と中国の共通点を考えながら、その相違点もむろん関心事である。それは、二つの国を対比して考えるというよりは、私に日本について考えさせることが多かった。あたりまえのことながら私は日本人なのだから。

それと、もうひとつ、日本に生まれ日本で暮らすとありがちのことなのだが、その空気は絶対的なものとなる。お正月、かつてのような伝統的な雰囲気は失われつつあるが、それでも日本列島を正月前後の独特の空気が覆う。ところが中国では、1月1日元旦は祝休日の一つではあるが、彼らが新年の祝うのは旧正月春節である。異国で暮らし、日常的に異文化に接し、それが私に日本を相対的に観ることを可能にさせる。日本について良くも悪くも客観視できる場ができたようなものだ。

私は、間違いなく愛国者である。しかし隣国中国をもまた愛している。それが中国でF4か月間暮らした私の実感である。試験を終え冬休みとなり学生たちはそれぞれの故郷に帰っていく。きっとそれぞれの春節のもようを微震で知らせてくれるだろう。今から楽しみである。

それでは、最後になりましたが、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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大連の大晦日

大晦日、先ほどお蕎麦を食べました。
大連では、今夜クラスコンパが開かれている模様!手作り饺子、さすがですね!

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1学期(4ヶ月)を終えて、ただいま帰国!

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嗚呼、なんと言えばいいのだろうか、この4ヶ月間の時間の濃さを!毎日毎日、私の頭の中に絶えず新しい種が蒔かれ、私の土壌の中で育っていく。緊張の度合いは強いのだが、決して不快なものではない。むしろ心地よいくらいだった。これまでの62年の時間と絡まり合った、この4ヶ月を言葉にしたい!今、そんな思いが私の中にふつふつと沸き起こっている。私が体験したこと、そして考えたことは、個人的なことに過ぎないのかもしれない。それでも、私の体験したこの4ヶ月は、国家を背景とした現代史に繋がっているように私には思える。だから伝えたいのだ、同時代を生きる人へ。表現することに自信があるわけではない。しかし、何とか言葉にしてみようと思う。(写真は、昨日大学校舎の前で撮った黄海)

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寮で鍋パーティ

私のいる20141219は、外国人留学生と外国人教師のためのものなのだが、そこへ、9月末、大勢の中国人がやって来た。私の部屋がある2階は、それまでは空き室が多くとても静かであったが、いっぺんに様相が変わった。それも、日に日にエスカレートしていく。いったい彼らは何なんだ?いろいろ情報をつなぎ合わせてみると、大学が面している海にはバイパス道路を建設中だが、そこに研修だかなんだか働きに来ているらしい。
守衛さんの話では(学生の通訳によると)、三か月間、ここにいる。国が派遣しているので、大学としては断ることはできず、この留学生寮に滞在する、ということになったらしい。何処も同じ、国家権力には逆らい辛いようだ。
言葉は通じないが、彼らはとても愛想がいい。私も言葉ができれば、お隣さんのよしみで「中国の暮らしはどうなんだ」と聞けるのだが、交わす言葉は、ニーハオのみ。すぐ向いの部屋では彼らはいつも料理を作って飲んだり食べたりしゃべったり実に楽しそうだ。しかし、同じ屋根で暮らすこと、かれこれ三か月、この間は、学生と寮の部屋でカレーライスを食べているとき、手作りの大きな茶碗蒸しのようなものを差し入れしてくれた。そのお礼を言うと、今日の昼、一緒にどうだということになり、私も彼らのお仲間に。
部屋を訪れると、鍋、魚やイカやホウレンソウ、青梗菜をぶちこんで、ご相伴にあずかったが、これがなかなか美味しかった。どうやら、三か月間の仕事は無事終わり、それが彼らをより開放的にしているようだ。聞くと、南の海南からやって来たと言う。道理で、「食べる」という単語は、日本人にはなかなか難しい「チー」(としか書けない)と緊張度の高い音なのだが、それを堂々と「スー」と言ってのけるところあたり、すこぶる訛っていると私でもわかるぐらいだ。12月27日には海南に帰るという。アルコール度62%の酒を飲みながら陽気な昼宴会に誘ってくれた彼らのために、明日は、おでんをごちそうしようと思う。
しかし、部屋の中はめちゃくちゃだった。彼らがいなくなった後、いったいこの部屋はどうなるのだろうか?

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たこ焼き試演会成功!

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先週は日本語能力試験、来週は英語の国内試験、それが終われば期末試験、学生たちは試験に明け暮れる。したがって、大連どこでも学校は、3週連続でお休み。そして、今学期最後の21日は、たこ焼きパーティーを企画している。
大阪からわざわざ、たこ焼き器を持って来たものの、それを使用するためにかなり大重量の変圧器をネット購入!我ながらよくやるは~、と思うものの、大阪のおばちゃんとしては、はやり“たこ焼き”は欠かせない。本日はその試演会。4人の学生と共に朝から挑戦し成功裡に終わる。来週は焼いて焼いて焼きまくるぞ~いや、きっと学生が焼きたがるだろう!

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