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Mu-Cha 10月号
当世ネット事情
数日前までは快調だったVPNがどういうわけか一切つながらなくなくなり、フェイスブックはまったくできない状況。ああ、ストレスだな~
授業で使うパソコンの方は、なにしろ助っ人の学生がいるので、アイパッドで作成したパワーポイントをPCに移しなんとかできる。ひとりではとてもできないが、、学生の話だと、なんとか線を買えば、アイパッドから直でスクリーンに映し出せるとのこと。買ってもいいかな。1万円はしないみたいだ。投資のつもりで。
それと、今日はもうひとつ、これはネット事情ということではないが、7月に購入したアイフォンをバックアップを取っておこうとこちらのPCに初めてつないだところ、新しいアイパッドにするか、前のバックアップを復元するかで、思わず、後者を選んでしまった。待つこと数分、そして復元とメッセージが出たアイフォンを、これまたそれからの操作で、何度もつまずきながら、ようやく動くようになったところ、あたりまえのこととは言え、これまでのメモは全部消えてしまい、古いものに!さすがアプリ等はそのままであったが、壁紙も懐かしいもっちゃんの子どものころのもの。懐かしいのはいいのだが、メモが消えたことがちょっと心配、まあ何とかなるかな?
電子機器は便利で私も愛用しているのだが、それに時間がかかり過ぎで、まともに本を読む時間もないのは考えものだ。と、言いながらも明日は、喫茶店に行ってワイファイつなごう!
なんとしても、明日は安保関連法案採決阻止の山場だからね。
悩み多き娘たち
昨夜は4年生のYHと、そして今晩は同じく4年生のNJと夕食を共にした。日本の大学の4年生と言えば、どんなだろうか?
日本語を学ぶ学生たちにとって、大まかに言えば進路は3つに分かれる。1つは日本への留学である。2つ目は中国の大学院への進学、そして3つ目は就職。ここ、
YHは、祖母が留学費用を負担することがすでに決まっているらしく、留学希望である。ちょうど、今、日本への交換留学生の募集が始まっている。日本で勉強がしたいと言うよりは日本へ行きたいのが一番の志望動機。
NJは、この学年では1、2を争う勉強家で、すでに日本語能力試験1級を取得している、一時はやはり日本留学を考えていたようだが、両親が心配するゆえ、それを押し切って留学する気持ちはなく、今は就職を第一と考えている。
迷いながら悩みながら一人ひとりそれぞれの選択が始まっている。
日常会話が日常会話になってないそうですよ~
今学期初の「どこでも学校」!
新たに2年生を迎えて22名が集まった。椅子が足りない!なんとかしなくては?!
今日は「西遊記」の日本語訳はほんのちょっと!メインの会話練習なのだが、日本語版の方は11ずつの2チームで短い会話練習で上手く言ったのだが、問題は中国語版の方である。
最初に一目見た3年生が、先生、これ日本で買ったんですよね、と。
???聞くと、中国語の方は古かったり改まった表現であったりでふだんの会話ではまず使わないそうだ。えっ~、ちょっとそれだめなんじゃないの~
来週までに日本語版は直してもらうことにした。
ここは銀川
中国は広い。そして中国の大学には、その広い国土から様々な故郷を持つ学生たちが集まって来る。
誰にとっても故郷は一番だ。だから、学生たちの微信は、お国自慢というわけではないだろうが、よく故郷の写真が投稿されている。
今日見たのは、中国西北部、かつて西夏王国の首都であった銀川の素晴らしい写真。寧夏回族自治区の首府だそうだ。
投稿していたのは、2年のクラス委員として信望も篤いFG。中国には漢族と55の少数民族が暮らすが、彼は回族である。
それでは、彼の故郷銀川の写真を紹介しよう。
学生会とは?
ここ中国の大学で、言うまでもなく私は言葉のわからない外国人だ。したがって、ほとんどのことがわからないと言った方がいいだろう。
色々とわからないことだらけなのだが、その一つに大学の学生会なるものがある。それぞれの学部にあるようで、外国語学部の建物の中にも「団委」という部屋があり、そこで活動しているようだ。
学生会という名称からは学生自治会を連想するが、共産党の指導のもと大学の色々なイベントにかかわるらしく、日本の学生自治会とはかなり違うような気がする。
今晩は、どうもそこが主催するイベントがあったらしく、黄海校区に来た2年生が例によって微信に発信していた。そこからその様子を何枚かの写真で紹介。
しかし、なんだかよくわからない。
内蒙古の旅①海拉爾空港から呼伦贝尔へ
留学生たちの卒業式
今、午後4時。留学生寮の前庭では、やけにロシア人留学生たちがはしゃいでいる。どうやら、今日は卒業式があったようだ。きっと今晩は一晩中賑やかなことになるだろう。
私は、ロシア民謡のイメージからか、ロシア人と言うのは、なんとなく憂いに満ちた、その、哀しげな雰囲気を醸し出す風情を抱いていたのだが、留学生寮のロシア人たちはやたら陽気によく騒いでいる。カナダ人英語教師Jなどは、そのハチャメチャぶりに辟易し、かなり辛辣な批評をしていた。おっと、今晩彼女がいなくて良かった。彼女はいち早く夏休みのため帰国したが、もし、いたら、、、、。ああ、夕方からかなりの大音量である!これにお酒が入れば、、、。
ところで卒業式はどんな感じだったのだろうか。外事処のWYさんが微信のその様子を投稿していたので拝借。これを見ると、厳粛な雰囲気はなさそうだ。国旗・国歌はどうだろうか?後日、参列?していた日本人留学生に聞いてみることにする。
おお、彼女は大学院を卒業するんだ!
昨年9月(正確には8月末だが)、大連に来たとき、空港まで迎えに来てくれたのは、当時、外事処(文字通り、外国・外国人関係の仕事をする大学の機関であるが)の仕事を手伝っていたWAさんだ。西も東も分からない私が、まずお世話になった人なのだが、それから色々あった。
彼女は大学院生で学業と外事処の仕事の両方をやっていたわけだが、ただでさえ、外国人と仕事をやって行くと言うのは、文化も違えば習慣も違うたいへんな仕事である。いかんせん彼女は経験もない学生であったのだ。何度か、彼女の仕事ぶりに呆れながらも、それでも、若い彼女を半ば育てる気持ちで接していた。元はと言えば、大学側が専任の職員を雇用しないことが問題なのだから、彼女ばかりを責めるわけにもいかない。
と、結構仲良くやって来たのだが、昨年12月に就職が決まったと大学から去って行った。念願の国家公務員である。中国でもと言うべきか、公務員は若者に人気がある。せっかく育てるつもりだったがこれは仕方がない。彼女の話によると、日本語とはあまり関係のない職種であるらしい。もったいないような、その方が良かったような、、、。
その彼女が、この間久しぶりに大学にやって来た。大学院卒業のためだ。卒業してから就職ではなかったのだ。どういうシステムかはよく分からないが、大学院に席をおきながら早々に仕事つまり役所の仕事を始めるようだ。大学の、本科生と言うらしいが、卒業の学士服は黒であるが、研究生、大学院生のことであるが、その卒業の衣裳は紺色と決まっているようだ。
まぁ、私としても、最初に世話になり、色々あった彼女の晴れ姿は感慨無量である。おめでとう!















