Category Archives: 学級日誌

新規の学習者がおおぜいやってきました。

あいにくの雨でしたが、新規の学習者がおおぜいやってきました。

学生だけではなく、いろいろなタイプの人たちが混じっていました。
今年は地震と原発事故の影響で、新しく日本に来る人が減っていると聞いていましたが、それでもたくさん来てくれました。

ところが、そういう日に限って、ボランティアの集まりが遅く、新しい学習者を随分待たせてしまいました。
ミーティング等で、学習者の定着率が低いという話がよくでますが、このあたりにも原因がありそうです。
手持ち無沙汰にしている学習者がいても、誰も声をかけない。
そういう光景を時々目にします。
自分の担当相手が来るまでのほんの少しの時間でも相手をしてあげれば、学習者たちの気分も違うと思います。
あるいは、通りがかりにほんの一声かけるだけでいいと思います。
みんなが、一人ぼっちの人に気をつかいましょう。

この日は、ボランティアの絶対数が足りなくて、とてもそういう状況までいかなかったのですが、最終的にはうまく落ち着きました。結局、この日の学習者は45人ほどでした。
久々の大入りでした。

(6班 Fさん)

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YMCA国際学校 イベント、フード・アンド・エンターテインメント・フェスティバル

 YMCA国際学校のイベント、フード・アンド・エンターテインメント・フェスティバルが開かれました。

インターナショナル・スクールの 文化祭のようなイベントですが、そこに毎年参加しています。
YMCA国際学校は9月からは中津への移転が決まっていて、弁天町で開かれる のは今年が最後になります。
天保山まつりがなくなり、YMCAも移転が決まり、港区から国際的なカラーが失われていくのは少し残念です。

市岡日本語教室ではステージの部で、恒例のミニ外国(語)講座を行いました。
今年はベトナム編で、ギンさんにお願いしました。
カラフル な写真をたくさん使って、ベトナムの紹介をした後、簡単なベトナム語、動物の鳴き声などを国際学校の子どもたちに教えました。
初めてこの ような講演をしたとは思えないほど上手で、感心しました。子どもたちにも、いろいろ質問をしながら、本当に楽しく、うまく、ベトナムを紹 介していました。

屋台の部にはミャンマーのココナッツ白玉だんご(モンロー・イェ・ボー)とミャンマーのフェアトレード・コーヒーを出品しました。ミャ ンマー出身のミョミョさんが民族衣装で参加してくれました。こちらもなかなか好評で、良く売れていました。お味の方もとてもおいしかった です。 

参加していただいたみなさん、お手伝いいただいたみなさん、本当にありがとうございました。

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(広報担当)

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聴解模試の準備

 6班ではここ何週か6月17日、24日の聴解模試に向け、準備を進めています。

各自役割を決め学習時間中にも手の空いている班員で準備をしています。
学習者の指導もあるので、時間が限られ忙しくもありますが、最近は休まずに来てくれる学習者の方が以前よりも増えてきてうれしくも思います。
一人の学習者に担当のボランティアがついて教えられることが理想的だと思いますし、学習者あっての日本語教室ですのでまた来ようと 思ってもらえるような雰囲気を作っていけたらいいなと思います。
聴解模試はこれまでのように二週にわたって行いますが、準備や当日の運営 を簡易化できないか試しながらやっていこうということになりました。

今回は試験時、受験者に担当ボランティアの方が付き添っていただかな くていいとアナウンスしたりと、これまでと少し行い方を変えています。
このようにみなさんの負担を減らしつつも試験の練習としての役割を 失わないように考えていこうと思いますのでみなさんご協力お願いします。

(6班 高山さん)

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台湾の軍隊のお話を聞きました

 今週はゴールデンウィークを挟み3週間ぶりの教室です。
久しぶりに学習者や ボランティアの皆さんの顔を見て嬉しくなります。
パートナーのベトナムのT君 は同国の先輩研修生が帰国するため送別会が会社であるので欠席とのこと。
同じ くパートナーがお休みの学習者Sさんとお話しすることになりました。

4月に台湾から1年間の予定で日本語学習のためS君は日本に来ました。
日本語能力試験の N3を学習中の彼はお互い理解できるくらいの会話は可能です。
理解しやすいように熟語を紙に書いてみたり口語体に直してみたりしながら「彼」についてお話を聞きました。

この教室で、知らない土地や社会、文化の話を聞くたび自分の意識も遠い世界へ飛び、自分の世界が広がった気になれます。
S君の前職は軍隊 でSniperで、15kgの銃を 構え500m離れたところからの厳しい狙撃訓練の話を 聞きました。
11年間勤めてきましたが35歳以上になると事務職になっていく ので体を動かすことが好きな彼は「卒業」してきたようです。
日本に来ること がずっと夢だったそうで、どうして日本に来ることが夢だったのか、日本にどんなイメージを持っているのか機会があればもっと聞いてみたいです。

教室が終わった後には、花見で歌を披露してくれたMさんの送別会が開催され、お得意の「さくら」をまた歌ってくれました。
日本に来ている彼らが 日本語を勉強しながら、私たち日本人と交流し日本で生活する実感を深めてもらえたらいいなと思っています。

(5班 Yさん)

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新班長赤川氏にバトンタッチ

4月23日(金) 2011/04/24(日曜)

 4月新年度は、旧班長上田氏から、新班長赤川氏にバトンタッチされ、始まりました。
学習者が、4月8日は7人、15日は5人と、少なくて心配なスタートでしたが、4月最後の23日は、新参加のタイからの留学学習者が3人加わり、8人となり、また、ボランティアも、1人新しく加入して頂き、3班としてはバランスがとれています。

タイ語ーー日本語ーー英語の初心者用の良い教材があれば教えて下さい。
宜しくお願いします。

(3班 奥山さん)

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新年度の始まり

先週で新規ボランティアの方々の登録や、役割分担のメンバーも決まり、いよいよ新年度の始まりです。それに私のパートナーのOさんが4月から新しい職場に正職員として採用され、嬉しい限りです。
木曜日の「中国語の教室」と、自身の「日本語」の勉強のための「市岡」は多少の無理は承知で続 けたいとの気持ちを聞いて尚、嬉しいことです。
「滑らかに日本語を話せるようになりたい!」との彼女の切なる願いに応えるべく、これからも一緒に 頑張りたいと思います。

そして今日は今春大学に進学した、彼女の子息Sくんのことを少し書いてみます。
入学式も終わったころ「お祝いのメッセージ」を託しましたところ こんなメールをいただきました。

初めてのメールであることの丁重な挨拶の後、選んだ大学、所属学部の報告に続けて、
「今では、こちらで素敵な友達ができたり、自分よりも英語が ずっと出来る人たちから刺激を受けています。
今、私には大きな夢があります。世界から戦争と貧困をなくすことです。
非常に難しいことだとわかって います。しかし毎日のニュースで罪のない人たちが大勢亡くなったり、幸せになるために生まれてきたはずの子どもたちが大人になる前に亡くなったこ とを知るたびに一層強く何かしたいと思うのです。
(中略)
国連やNGOは素晴らしい仕事だと思いますが誰でもできることではありません。だから今 から大学で友達と遊んだり勉強したりボランティアに励んだりしながら、そんな仕事に相応しい素敵な人間になれるように頑張ります。長いメールを最 後まで読んでくださってありがとうございました」

読み終わって感動の涙があふれ止まりませんでした。
この母にして、この子息!
大きな夢と熱い思いを持ち続けて、ぜひとも全人類の幸せのために尽くしてほしいものです。
(Sくん!無断で掲載させていただきました、ごめんなさいね。)

(4班  皇 暢子さん)

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恒例の花見

4月9日(土) 2011/04/17(日曜)

 恒例の花見が行われました。午前中、雨が降ってどうなることかと心配しましたが、開始時刻の3時には、雨も上がり、太陽が顔を見せてくれて、と てもいいお天気になりました。午前中の雨のおかげで、一般の花見客も少なく、静かに花見ができました。(テントの中はうるさかったですが。)
桜は今日にあわせてくれたかのように満開で最高の花見でした。参加者は例年より少し少なかったようですが、みなさん、持ち寄った手料理(コンビ ニ料理の方が多かったですが)をつつきながら、大いに飲んで楽しみました。ふだん、夜の教室にはなかなか来ることのできないメンバーや学習者も顔 を見せてくれました。久しぶりの再会に大いに盛り上がりました。
来月帰国予定のベトナムのミンさんも、尼崎からかけつけてくれました。この季節にあわせて、「さくら」(森山版)を熱唱してくれました。お世辞 抜きに上手な歌声にみんなから盛大な拍手が起こりました。

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(2班 Fさん)

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3月11日(金)の東日本震災によせて

日本歴史上、未曾有の大災害が日本列島を襲った。
それも3/11オープンクラスの日で、その影響なのか、当初5グループを予定していたが急きょ 4グループに縮小し、皆が東北地方を気にしながらの中、無事終了した。
リーダー及び関係者の方々お疲れ様でした。

思い起こせば16年前、阪神淡路大震災で、当時から某ボランティア団体に所属してお手伝いとして、その週末に神戸市を皮切りに毎週末兵庫県内 (芦屋市を中心)を活動したことが昨日のように思い出される。 
各地から援助物資を80~100人ぐらいで列を作り地下駐車場に運び、一息つくと 避難所人数を貼った自衛隊の装甲トラックに、おにぎり・飲み物・タオル等積込作業を、排気ガスが充満する悪環境のなか、笛を吹きながら仕切ったこ とがあった。
今回の新聞報道で、2つのことが気になっている。 1つ目は阪神の時もそうだったが、行政・マスコミも外国人への関心・把握がまったくなされて いないのが気になっている(日本人優先も分かるが) 避難場所、炊き出し場所など、どこに掲示されているのか、どこにいったらサービスが受けられ るのかなど、数ヶ国語で書き出しを貼るなど被災していないだれかが気にとめてもいいのではないかと思う。
2つ目が、3/26付の朝日新聞のこんな記事があった「死と直面、仕事に戸惑い―ひつぎ運び募集禁止」。津波の被害を受けた釜石市では一時ボランティアに「物資運び」「交通誘導」のほか「ひつぎ運び」「お骨入れの裁縫」などを募っていた。 しかし現場には戸惑いがあり、市は「ひつぎ運 び」の募集を数日後取りやめた。
裁縫のボランティアを募っていたのは市内の葬儀店。
火葬したお骨を白い布で作った袋に入れて、それを木箱に納めて 埋葬する仕事だった。
―原文のまま―

少し考えさせられた記事であった。
「災害は忘れたころにやってくる」と諺にある通り、太平洋側の市町村・県・国は過去のチリ津波 や阪神淡路大震災・スマトラ沖大地震の教訓を生かし切れなかった。
原発(東京電力)は大地震が来たら危険と知りながら(多くの学識者が警告していた)「想定外」3文字で済まそうとしているのが許されるのか?
世論の動向を注視していきたい。 

(1班クレーマー親父より)

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年に一度のボランティアミーティング

4月1日(金) 2011/04/17(日曜)

 年に一度のボランティアミーティングが行われました。新しい人たちも迎えて、班編成、係決めなども行われました。いよいよ来週から新しい年度の スタートです。
(広報担当)

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小泉啓子先生研修

前回に引き続き、小泉啓子先生を迎え、研修していただきました。
今回の研修は、実際に学習者を相手に、どの様に教えるかがテーマでした。
しかし、当日は予定していた学習者2~3人が来なかったりで、どうしたものか?と思っている中、通常の学習があると思って来た学習者によって、何とか できたというハプニングがありました。
また、予定では丁寧語の教え方でしたが、その学習者達のレベルによって急遽 先生には内容を変更してもらいました。
よって今回は特に間違えやすい 「この・その・あの」、「います・あります」、「助詞 は・が」の教え方などを学びました。

① 「この・その・あの」は距離の差ではなく、自分の領域は「この」、相手の領域は「その」、そして自分と相手以外の領域は「あの」を使う。距離論ではなく、領域論であるということ。

② 「います・あります」の違いは、「います」・・・人など(有情)、「あります」・・・物(無情・非情)
例 : ここに○○さんがいます。 机の上に本があります。助詞の説明は単文で文字で書くと分かりやすい。

③ 助詞「は」・・・取り立て、主語、主題を表す。
例 : これはペンです。 私 は きのう買いました。 → これは私 が きのう買ったペンです。
「は」と「が」の違いを教える場合、この例文を出すと分かりやすい。

④ その他
1) 視覚で教える 
2) 発音・書き順の修正はうるさく言わない 
3) 知っている言葉を使う
4) OKなどのジェスチャーも日本で覚える必要があれば教える 
5) 学習者の学習経験やレベルによって、どの様な内容を教えるのか、見極めが大切

また、今回はボランティアの質問に答える時間もあり、有意義な研修になったかと思います。

(5班 Nさん)

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