Category Archives: 学級日誌

蒸し蒸ししたこの暑さで汗をかきながらの勉強

9月の第2週目。
市岡も学習者の机や椅子の数がたりなくなるくらい、人数がかなり増えたような気がします。
学習者の勉強意欲の熱気と、まだまだ蒸し蒸ししたこの暑さで汗をかきながらの勉強でした。
学習者が持参してきた、参考書を中心にひさしぶりの勉強でしたが、学習者の質問の難しさに頭をかかえる一日でした。
以前に比べて学習者の顔ぶれも変わってきて、英語圏の学習者が増えたような気がします。 

(7班Iさん)

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天保山まつりに参加しました

ミニ外国語教室、インターナショナル・ヤタイ、ステージ出演等を行いました。

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2学期のはじまり

新学期を待ちかねた大勢の新規の学習者を迎えました。

2学期のはじまり。第一日目は学習者よりもボランティアが多く感じられた。
ボランティアのさぁまた2学期からがんばろう-という意気込みのあらわれか?人数的には多く、にぎやかな始まりとなった。
私は-というとあぶれ組。2期目ともなるとあぶれても割と平気で、忙しいときには話せなかった同じ班同士の人と自己紹介的な話や意見などを交換したりして、なかなか有意義な時間が過ごせた。ボランティアはやりがいも一つの目的ではあるけど、楽しくなければ続けることはむずかしい-と思うので、学習者がいなくても次の何かにつながることが楽しくできれば来た価値があると思う。日曜日は毎年やっている天保山祭りに参加。これも市岡に来てなければやってなかったことなので、私にとっては楽しみのひとつ。参加しなかった方は是非来年は軽い気持ちで挑戦してみれば?学習者のニーズにもよるけど、日本語を教えることばかりに集中せずに日本で一緒にいる時間を楽しめれば、日本語を学ぶことも楽しくできるのではないか-と思う。 (1班Kさん)
  私もたいていは「あぶれ組」です。理事や班長は特定の学習者を持っていない人が大部分だと思います。でも、みんな楽しくやっています。学習者と話せなくても有意義な時間をすごせますし、(おこがましいですが)学習者とすごしたいという気持ちを抑えて、調整や裏方の仕事をしている人がいるおかげで、日本語教室は成り立っていると思います。そして、そういう人たちが、「自分は犠牲になっている。つまらない。」と思っているかというと、決してそうではない、というのがボランティアの面白いところですね。 (広報担当)

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オープン・クラス

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1学期最後の教室はオープン・クラスを実施しました。
学習者は受付を通った人だけで64名。実際は80名近くが参加しました。全体では200名弱が市岡100年会館に集まりました。

今日は1学期最後の教室。
いつもの会議室から創立百周年記念会館に場所を移してのオープンクラスです。
いつもの班別とは違い、全参加者が入り混じっての名刺交換ゲームから始まり、ゲームなどをして過ごしました。

普段は同じ班、しかも特定の学習者としか話をしないことが多いので、今日のような交流の機会はとても新鮮でした。
この3ヶ月はあっというまに過ぎたような気がします。途中で面倒くさくなることもなく、楽しみながら続けて来られました。
夏休みのあいだに一時帰国する学習者も多いようです。
みなさんとの9月の再会を楽しみにしています。  
(1班Aさん)

 オープンクラスは恒例(?)の名刺交換ゲームから始まり、飲み物、お菓子の休憩の後、インドネシア式じゃんけんを使った大じゃんけん大会を行いました。
170組用意したスリッパがなくなるほどの盛況でした。
イベント係のみなさん、お疲れ様でした。また、2学期にお会いしましょう。  
(広報担当)

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自分も成長できるボランティアの場であれば

今日の1班は学習者がいつもより少し、少なかった。
と、言ってもボランテイアはひまを持て余す人はあまりなくやはり、いつも同様ワイワイと時間がたった。

ボランティアのやり方はほとんどの人が自己流で、何とかやってるけれど、もう少し他の人のやり方や、ボランテイアの意見が反映できるような方法があればいいのでは-と思う。
他の人の見学をしたり、こんなやり方をして喜ばれている-というような話が聞けたり、読めたりできれば、やり方に自信のない人や、マンネリのやり方に少しは役に立つのではないか....
若い学習者が多く、話のあわないこともあるだろう。
ボランティアだからといって、それを学習者のわがままだとは言い切れないと思う。
年齢に関係なく楽しく時間が過ごせるには-ともう一度考えてみるのもいいんではないかなぁ-と最近感じる。
自分も成長できるボランティアの場であればと願う。
  (1班Kさん)

学習の方法について、意見交換ができるといいですね。
夏休みの間に、掲示板を利用して、みなさんに学習のアイデアを書き込んでもらいましょうか。 
 (広報担当)

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七夕祭り

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今日は七夕祭りを実施しました。
受付を済ませた学習者が73名。
受付を通さなかった参加者もあるので、80名以上の学習者が参加したと思われます。
笹飾りを作り、バンドに合わせて合唱もしました。

今日ははいつもと違い七夕を皆でお祝いしました。今まであまり深く考えることもなかった由来にも触れるいい機会となりました。
市岡高校前校長の浅田先生がたくさんの笹を持って来てくださいました。
また、ボランティアの方が持って来て下さった様々な飾りが用意されました。
私の班では最近来ていたなかった学習者さんや学習者さんが親御さんを連れてきたりし、また、市岡ハーモニーバンドの生演奏もありとてもにぎやかな雰囲気でした。
もう何年も七夕飾りを作ることはなくなってきているので私もとても楽しめました。 
 (1斑 Tさん)

  日本語教室を「卒業」した元学習者の方々もお子さん連れで来ておられました。
とてもアットホームな楽しいイベントになりました。係
の皆様、バンドの皆様、ありがとうございました。  
(広報担当)

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梅雨真っ只中新人の学習者も毎回いらっしゃる

梅雨真っ只中の日本語教室、今夜は雨のせいか学習者の数がいつもより少なかったのではないでしょうか。
いつもは教室に溢れんばかりの人数だったのでちょっと寂しく感じました。 
私達の班では学習者の欠席が目立ったようで、一人の学習者に2~3人のボランティアが対応しいる状況でした。
でもいまだに新人の学習者も毎回いらっしゃるようで、今夜はカナダ人の新学習者をボランティア3人で囲んで楽しく過ごしました。 
一人でも多くの学習者に、できる限りずっと長く続けて頂けるような日本語教室であればいいなと思います。 
 (6班Uさん)

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IMM JAPANと多文化共生センターが来られました

第11回目の教室が開かれました。
IMM JAPAN(インドネシア研修生の受入れ団体)から見学に来られました。

今日は担当の学習者がお休みだったので、ボランティアの方々の受付をしました。
開始10分前ぐらいから待っていたところ、7時過ぎからたくさんの人がきました。
梅雨にもかかわらず、ボランティアの方々の出席率は良いようです。見学者も4名来られました。
学習者も増えてきているので、毎回活気があります。
今年から入ったボランティアの人達もだいぶ雰囲気に慣れ、学習者との交流も深まっているようです。
7月の初めに皆で七夕飾りを作る予定ですが、日本文化を通じてより楽しい交流ができるのでは?と今から期待しています。
  (5班Yさん)

この日の主な見学団体は、IMM JAPANと多文化共生センターでした。

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「むし暑い」という日本語を知っていた

雨量は大したことはなかったけれど、湿度の高い、いかにも梅雨らしい一日だった。
教室に入ると異口同音に「あつーッ!」からスタート。
それでも教室の活気は相変わらず。 まだそれほで日本語の出来ない台湾の学習者に「今天很悶熱。」
(今日はとても蒸し暑いです)と言うと、すぐに「悶熱は”むしあつい”ですね」と返ってきて、この言葉は大阪に来てすぐ覚える言葉のひとつなんだなと、妙なところで感心した。 

先週のことだが、インドネシアからの学習者に、日本に住んでいやなことは何ですか、と聞いたら、彼も物価高とともに「夏の暑さ」と答えた。
ちなみに彼も「むし暑い」という日本語を知っていた。 
まもなく七夕。教室でも七夕祭りをするそうなので、この季節の日本の楽しい行事も知ってもらえたらいいなあ、と思った。  

(2班 Nさん)

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この市岡日本語教室が日本における「母校」と感じてもらえるよう

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第9回目の教室が開かれました。本日も、大盛況でした。

喉が痛い。
まるで繁盛している居酒屋で大声で話をした後みたいに。
この騒然とした教室の雰囲気は良くも悪くもこの教室の特徴なのでしょう。
今日は高雄から来たWさんと「母校」についての話をしました。
台湾は基本的に日本と同じ学制だそうで、お互いの学生時代の話で盛り上がりました。14_2
学生時代といえば、私は、今絶好調の阪神タイガースの活躍に触れるたび、なつかしい母校を思い出します。
私がここ市岡高校に入学したのは「あの」1985年、阪神タイガースが優勝した年でした。当時の異様な街の熱気は今でも覚えています。
そして、あの熱気が再現されつつある今年、偶然の巡り合わせでまた市岡に通うことになりました。
学習者にとって、この市岡日本語教室が日本における「母校」と感じてもらえるよう、力になれればと思うのでした。 

 (1班Aさん)

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