Category Archives: 学級日誌

3月16日(金)学級日誌

 この日の市岡日本語教室は、今年度最後のオープンクラスでした。今回はミニ運動会形式で、日本人には馴染みの深いスプーンレース・借り物競争の2種目を行いました。各競技では、学習者の方達が四苦八苦しながらも、ゲームを楽しんでいました。(学習者の方達のお国では、運動会ってあるのでしょうか?)
運動会で軽く汗をかいた後は、恒例?のフルーツバスケットで盛り上がりました。ボランティア・学習者共に、国や年齢・性別を越え、空いているイスをめぐり、争奪戦を繰り広げていました。
かなり白熱していましたね~(笑)
楽しい時間はあっと言う間に過ぎ、最後は、1年間の留学を終え、近々タイに帰る学習者への修了証授与式で、今年度最後のオープンクラスが終わりました。
皆さん、今回のミニ運動会、如何でしたか? イベント係としては、「競技中BGMがあれば、もっと盛り上がったかなぁ。」と、チョット残念な点があった事を反省しております。f^_^;
私はボランティア2年目で、まだまだ戸惑う所もありますが、これからも皆さんが楽しめるような企画を考えて行きたいと思ってます。4月から又、新しい学習者さんが来られると思います。皆さん、気持ちも新たに頑張りましょうねp(^^)q
(3班 山本さん)

Posted in 学級日誌 | Leave a comment

3月9日(金)学級日誌

 通常の学習としては今年度最後の日本語教室でした。年が明けてからは少し参加者が減って寂しい日もありましたが、おかげさまで、無事今年の日本語教室も終了しました。みなさま、1年間お疲れ様でした。そして、御協力ありがとうございました。来年度も継続して日本語教室を支えてくださることを期待いたします。
残すはオープンクラスのみです。大いに楽しみましょう。
(広報担当・札葉正隆)

Posted in 学級日誌 | Leave a comment

3月2日(金)学級日誌

 市岡日本語教室からの報告
3月2日(金)は、朝から冷たい雨、神奈川県在住の長男から、3才の孫娘が雪の中で楽しく遊んでいる写メールを送ってくれた。幸い、雨は昼ごろ上がったが、曇天でいつ又降るかの天候だった。この日は会場が市岡高校に代わったこともあり、その上、夜になると昼間よりかなり寒くなった。学習者の出席がどの程度か心配であった。
2班では、学習者の出席は2名と少なかったが、各々に複数のボランティアで進められていた。2名の新見学者は、ベテランボランティアの隣に座り、初めは緊張していたが、徐々に笑顔や笑い声もあり、来週からは、もっと多くの学習者も出席するので、今後もぜひ続けてほしいとお願いした。他のボランティアは「お話し会」になった。
六ヶ月間、台湾へ語学留学していた女子大生Mさんが、帰国して久々に出席した。最初はまったく話せなかったが、今はそこそこ話せるようになったと、自身に満ちた笑顔で答えていた。若い脳細胞の吸収力に恐れいる。六ヶ月で、随分成長したのを感じた。
終了後も、学習者も参加して十数名で、鍋料理を囲んでの楽しい飲み会。Nさんが「介護保険証が届いたが、どうすればよいのか」の質問に町会長しているIさんが、丁寧に答えていた。日常の疑問点や、息子や娘の婚活などの情報交換の場となり、広義の地域コミニティであり、ボランティア活動の嬉しい副産物である。今後も、多くのボランティア、学習者の参加をお待ちしております。
(2班 田渕守雄さん)

Posted in 学級日誌 | Leave a comment

2月24日(金)学級日誌

 2月は寒い日が続いたので、学習者は少な目の日が多かったように思います。それでも、35人~40人ほどの学習者が来ています。今年度もあと数 回。4月からの新年度になると、また新しい学習者が次々と来そうなきがします。新しいボランティアもたくさんきてほしいですね。
(6班 Fさん

Posted in 学級日誌 | Leave a comment

2月17日(金)学級日誌

 寒いせいかインフルエンザが流行っているせいか、学習者の方がめっきり少なくなったように感じます。そんな中、市岡日本語教室に初めて来たスウェーデン人のS君を担当させていただきました。来日5回目で、今は日本語学校の学生の方です。スウェーデンというと、最近では家具メーカーのIKEAが有名ですが、その他ではオーロラ、寒い国といった印象しか浮かびませんでした。しかし、首都ストックホルム(冬の気温-20~30℃!)でもあまりオーロラは見れないことを教わりました。日本の食べ物がとてもおいしくて好きだという話になったので、次回はディープな大阪の食べ物を紹介できたらいいなと思います。
途中から同じ班の皇さんも加わり3人でお話することになったのですが、京都の特集をした雑誌やご自分で作ったという初心者向けの学習プリントなど色々準備されていて、見習わなければと思いました。初めて来られた学習者の方とは何を話せば良いか悩むことが多いのですが、学習のネタを用意して楽しく日本語を勉強してもらえるように頑張りたいと思います。
(4班 山本さん)

Posted in 学級日誌 | Leave a comment

2月4日(土)・5日(日)ワンワールドフェスティバル

 2日間にわたって、恒例のワンワールドフェスティバルが開催されました。会場は上本町の国際交流センター。私たち市岡日本語教室もPRを兼ね て、民族料理の屋台を出店しました。こちらも例年通りのチヂミとトッポギ、柚子茶の韓国料理です。手伝いに来てくれた韓国人は一人だけでしたが、 なぜか韓国料理です。
2日間とも、大勢の会員や学習者がボランティアしてくれました。手伝ってくださった皆さん、ありがとうございました。また、もっと大勢の人たち が、お店に遊びに来てくれました。遊びに来てくださった皆さん、売り上げに協力していただいた皆さん、ありがとうございました。
おかげさまで、2日間、楽しく多くの人たちと触れ合うことが出来ました。個人的にも、何年ぶりかで会った知り合い、最近はここでしか会わない知 り合いなど、大勢の人たちと話が出来て、とても楽しい時間が過ごせました。合間に、ホールの講演(公演)を見に行ったり、他の団体のブースをのぞ いたりと、貴重な経験もできました。
みなさん、本当にありがとうございました。来年もよろしくお願いします。
(広報渉外担当・札葉正隆)

ICHIOKAでお世話になって、もう6年以上になるというのに一度も足が 向きませんでした。
詳しいプログラムのチラシをいただいて今回、初めて出かけてみようという気に なりました。毎年、参加を呼びかけられ、お手伝い募集の申し込み用紙 にも心 ならずも失礼を続けていました。まずは
極寒の時期の開催に恐れ(?)をなし、高血圧症の私は、会場で「脳卒中」や 「心筋梗塞」で倒れてご迷惑をかけては・・・とビビっていたことも事実 で す。この冬の冷たさは関西でも異常で、昨年からずっと寒い日が続いていますが 当日は幸いに朝から風もなく、お昼前に会場に着いたときは、立ち並 んだ屋台 から世界各国のお料理の美味しそうな匂いが漂っていました。そしてたくさんの 人が喜び集い、食べ歩きを愉しんでいました。
「市岡」の屋台でも慣れた手つきでYさんがチヂミを焼きながら「美味しい焼き たてのチヂミはいかがですかぁ!」と素敵な笑顔で呼びかけていまし た。じゃ がいもを刻むひと、トッポギを煮込むひと、お皿に盛って渡しながらお代金を受 け取るひと。そしてスタッフに目配りしながら指揮をするOさ んの見事な采配 ぶり。打ち合わせ通りのチームワークの良さに感心しながら「お疲れさま」と声 を掛けるだけの私でした。
続いて、我が4班の学習者サンディアさん(目下、教室は長期お休み中)が仕 切るスリランカの屋台を覗きました。「わぁ~センセ!お久しぶ り!!4月か ら教室に行きますね~」と久々の再会に手を取り合って喜びあいました。その 「手」がとっても冷たいのに驚き、何だか可哀そうやら申し 訳ないや ら・・・。しばらく、その手を温めてあげたことでした。4班のボランティアT さんがサンディアの隣に寄り添って甲斐甲斐しく働いている姿 はかっこよく頼 もしかったです。そして高校生3人が「ICHIOKA」のグリーンのジャン パーを着て元気な声でお客さまに声をかけている姿には感 動しました。メ ニューの中で「タピオカスープ」を早速いただきましたが、ほんのり甘くミル キーで美味しかったです。夕方も立ち寄って、帰りを急ぐ ひとに「サンディア ママお手造りのゴマ団子はいかがですかぁ!」と声をかけてちょっぴり売上に貢 献(ほんと?)出来たような気持ちになりました。 もちろん完売しました。
ところで今回、初めてワンフェスに出かけてみようと思ったのにはワケがあり ました。会館2階の小ホールで上映されたドキュメンタリー映画「幸せ の太鼓 を響かせて」(2011製作)を観ることと、この映画の製作総指揮者 細川佳 代子さんの講演を聴きたかったことを白状して、このレぽを
終わらせていただきます。6人全員が軽い知的しょうがいがありながらプロの和 太鼓集団「瑞宝団」として活躍する彼らを1年間カメラで追ったこ映画 は期待 どおりで感銘を受けました。そして「ボラ
ンティアって何だろう」とあらためて深く考えさせられた講演のことは、またい ずれご報告させていただきたいと思います。
(4班 皇暢子さん)

50_1 50_2

Posted in 学級日誌 | Leave a comment

2月3日(金)学級日誌

 班長さんよりこの学級日誌への投稿依頼を受けましたが、何を書けば良いのかと悩んでおります。 私は昨年10月よりの年度途中参加で、まだ戸惑いを感じています。同じ班のメンバーもまだ分かりませんし、学習者とどう学習していけば良いのかも正直なところまだ分かりません。 私が今担当しているのは、昨年12月半ばから参加している中国の方で、彼はまったく日本語が話せませんし、もちろん私も中国語はまったく解りません。 ですから毎回四苦八苦しています。こんな状況なので、次からもう来ないのではと不安に思ったりしています。学習者の日本語のレベルにもよるのでしょうが、他のボランティアの方はどうやって学習を進めているのでしょうか? また、学習者とボランティアはどういう基準で割振ってるのでしょうか? この4ヶ月程で私が一番強く感じたことは、日本人同士は勿論ですが、違う国の人達とも確実に思いを伝えることができる一番の手段は、やはり言葉だと思いました。

(5班 Yさん)

Posted in 学級日誌 | Leave a comment

1月27日(金)学級日誌

 昨年4月から日本語教室に参加していますが、日によっては学習者の数が少なく、先日も担当する学習者が見つからずに少し手持 無沙汰に感じました。そこで、この時間を何かしら有効に使う方法はないかと班長に相談をしました。
翌週、班長の前田さんは一つの案として、新聞の切抜きを用意してくだ さいました。そこには社会問題やボランティアについての心構えなど、さまざまな記事がありました。事前に用意した記事を題材にボランティ ア同士で話し合いをしたり、また、雑誌や新聞を持ち寄ってその場で学習に役立ちそうな資料を集めたりすれば、空いた時間を活用できるし、 今後、より学習者との会話が広がるのではないかという結論に至りました。早速、次回から実践してみたいと思います。
春になれば、私のような新規ボランティアの登録が増えると思います が、中には直ぐに担当ができず、物足りなく感じて離れていく方もいるのではないかと思います。学習者が少ない日には、ちょっとした勉強会 など、ボランティア同士で何かできることがあれば、モチベーションも維持でき、新規ボランティアに継続して来てもらえるのではないかと思 います。何か良い案がありましたらご教示下さい。
(4班 早川さん)

Posted in 学級日誌 | Leave a comment

1月20日(金)学級日誌

『今夜 来るかな?!』
連日続く冷たい雨の中、仕事を終え教室へ向かう電車の軽快なリズムに揺られながら、ふっとそんな想いに気を巡らせていました。この教室におじゃまし始めた頃は毎回の様に『上手く話せるだろうか・・?』、『尋ねられた事柄に素早く応えてあげられるだろうか・・?』と空一点を見つめてた事が多かった気がします。(今でも戸惑う事もありますが・・・。) しかし、その霧をいつも「柔軟で勢いある風達」が吹き消してくれます。教室に集う仲間達のおかげで、迷いも少なく晴れやかに進むことが出来ています。
そんな私をこの教室へ後押ししたのは、『タイでの出張滞在生活』があったからかもしれません。
その頃お世話になっていたある日本の会社が『タイにも工場を構えたい』と言うことで、そのお手伝いをする仕事でした。『今回は1ヶ月弱くらいで長丁場になるよ』と打合せの時から決まっていて、現地日本人スタッフの皆さんが住む一軒家に間借りをし、車で一時間離れた新設工場の間を往復する〔ほぼ合宿生活!〕をドップリ満喫しました。完成までの進行上に、現地手配・協力業者さん達のおおらか過ぎる習慣に驚かされ忍耐力がシコタマ身に付いたりなど、気候や風習の違いに滞在中ずっと“暑・熱!”だった記憶があります。
ようやくアツさにもカラダが慣れてきた早朝のこと・・・。いつもの様に仕事開始までの時間を仮設(超・手作り)休憩所で私が腰を下ろして過ごしていると、少し離れたベンチで地元採用スタッフの若者がそれぞれ和気藹々と持参した軽い朝食をとっていました。その楽し気な光景をぼんやり眺めていました。すると… その中の一人と目が合い『食ベル?』目がささやくと笑顔で近付いて来るのでした。『ありがとう』と差し出されたアジア風味の焼き鳥をポンッとひとつまみ食べてみました。…『美味しい!』瞬時に笑みがこぼれました。待ってましたとばかりに『美味シイデショ!?日本人デスカ?』と好奇心いっぱいの瞳と共に隣に腰掛けました。その当たり前に振る舞ってくれる行動に心が軽くなり、そんなに私が「余裕もない顔をしてしまっていたのか~」と気付かされるくらいに溶けていきました。(後々聞くと、通勤途中の朝屋台で焼き鳥は大人気らしいです。) そこから自然と毎朝・毎休憩時にその場所で集い、お互いが必要とし興味深い言葉をやり取りしながら次第に輪が拡がっていきました。手始めは〔辺りに見えるモノの名前〕から・・・ そして、いつの間にかバイクタクシーに唱える〔行き先名〕+〔魔法の呪文?!〕の大特訓に熱中していました。早速、覚えたての呪文を使ってみると、行き先を遥かに通り過ぎてしまうハプニングもありましたが、それは私の発音が微妙に違っていたからだったそうです。
そんなこんなで仕事も落ち着き帰国直前までには、行動範囲が3倍以上に拡大してました。地元の人々と同じ食事をし、汗を流し、タイ時間(習慣)には最後まで慣れませんでしたが…毎日が〔連続チャレンジ大会〕で困惑刺激&クタクタ充実感に包まれていました。この感覚は今も私のどこかで根付き芽吹いています。きっと日本に訪れている仲間達は、少なからず同じ風を感じ合ってることでしょう。これからも私は、出来る範囲で最大限のお手伝いが出来ればいいなと思っています。
余談ですが…先週の教室終了後に『新年会』と名を打ち仲間達と一緒に〔お鍋〕を囲みました。鮮やかな鍋料理を各テーブルに並べて、それぞれが『コチラ、食べテミマスカ?』などと取り分け合ったり、話に華が咲き麦の泡に満たされた元気クンは突然『ソウソウ、僕ハ、コウ言ウ日常使ウ話シ方ヲ、モット知リタイネン\(^o^)/』と希望を膨らませていました。この空気感はタイで感じたあの香りとどこか似ているところもあり、お腹も気持ちも暖まった私は帰宅途中やはり気が付けばあの言葉が浮かんでくるのでした。『来週も 来るかな?!』ってネ…。
(3班 Kさん)

今週はいつもお借りしている松竹の間が使えず、小さい部屋を2つ借りての開催となりました。当然、場所が足りないため、急遽、和室も貸していただけることに。めったにない和室での学習に、畳初体験だった学習者もいて、坐り方からの学習になりました。考えてみると、私たちも家以外で、和室で話しこむという経験はめったにありません。珍しいので記念に一枚撮影しました。

ベトナム出身のギン君が帰国することになりました。人懐っこいギン君は、YMCAのイベントでベトナムの紹介をしてくれたり、七夕では日本語で歌を披露してくれたりしました。また、夏のお国自慢のイベントでも再度ベトナムの紹介をしてくれました。帰国後はホーチミンで日系の企業で働きたいとのこと。将来の夢は社長になることだそうです。ご活躍をお祈りします。
(広報担当)

1月20日、毎年恒例の3班の新年会を行いました。

今年は残念ながら学習者が少なく総勢20名でしたが、ベトナムに帰国する研修生のチュオンギン君の送別会をかねた為、大西副理事長や前班長の上田理事、そして大連海洋大学に赴任している永野さんも参加してくれ、大変盛り上がった宴会でした。

最近は学習者が少なく、また一度きても次回からこないという形が増えているように感じます。学習方法に問題があるのか、いろいろと考えないといけない点があると思います。当面は最初の聞き取りを重視して、責任ある立場のものがヒアリングを行い、ボランテイアとの相性等を考え対応して行くことが大事ではないかと思っています。
(3班 Aさん)

46_1 46_2

Posted in 学級日誌 | Leave a comment

1月13日(金)学級日誌

2012年新年に向けて2班 田渕守雄
2011年は、未曾有の東日本大震災が起こり、その後の復旧復興が、一日も早く望まれ、議員定数削減、TPP問題など、先送りされ波乱の2012年を迎えました。
市岡日本語教室では、昨年の12月16日に、オープンクラスで各国のお正月の様子を語り合い、日本の実物の“おせち料理を”を見ながらジュースやお菓子などで、楽しい団欒の場がもてました。その後、2班は、学習者も7~8人参加して、総勢25名の“にぎやかな集い”としての忘年会で、2011年を有終の美で締めくくれました。
新年は、1月6日から開始され、新学習者も多数の参加があり、初めての日本のお正月を、どのように過ごしたか、など聞き、順調にスタートが切れました。1月13日は、昨年9月以降欠席していた、ベトナムの20才の研修生1年目の2人の出席があり、「誰やったかな?」(年齢のせいもあろう)と思い出すのに時間がかかったが、マン・ツーマンの久々の学習に熱心に取り組んでいた。「残業があり、なかなか出席できませんでした。これからは、来られそうです。」と、目を輝かせていた。
1月22日(日)に、関西生命線主催(代表 伊藤みどり…日本語教室で講演された)の、大みそか(旧暦の)「中華寄せ鍋大会」が、平野区長原であり中国、台湾の人らには楽しみであろう。
2月4日(土)5日(日)はワンワールド、フェスティバルで、日本語教室は、例年通り、韓国料理の販売があり、ボランティア、学習者の力強いご協力をお願いします。
本年も益々盛況な日本語教室になりますように、頑張りましょう。

Posted in 学級日誌 | Leave a comment